最近文庫化された「野菜讃歌」(講談社文芸文庫)の著者庄野潤三さんは大往生だった。解説で佐伯一麦さんが庄野夫人の話として紹介する
庄野さんは昨年9月21日に88歳で亡くなった。朝いつものように起きて、夫人がふと台所へ行き、戻ってきたら息を引き取っていた。「きっと本人は、自分が死んだことを気づいていないに違いない」と夫人は言う
穏やかな最期はいかにも庄野さんらしい。小説では、自然を愛し、家族とふれ合う日々の生活を細やかな筆致でつづった。読後には胸の奥底にほのかな明かりがともったような温かさが残る
庄野家の庭には梅の木がある。文豪井伏鱒二が訪れた時、書斎のガラス戸越しに見て「庄野君、これはいい梅だね。大事にしたらいい」とほめたそうだ。毎年花が咲き、いっぱい実をつける
文庫の中の「梅の実とり」と題する一編には、年を取って実とりが苦痛になった庄野さんと、元気な長女の会話がある。「お父さん、梅はいつとるの?」「とりましょうか」「とってくれたら有難いな」「落っこちないようにしてくれ。気をつけてくれ」「ありがとう。ご苦労さん」。変哲のない日常の幸せが伝わる
きょう4日は立春。近所の庭の梅がぽつりぽつりと花開いていた。たがわぬ季節の移ろいが、うれしい。